いろいろなところで、このような状態が起きている。最近では原発事故に関する放射能被害についてだが、我々の得意分野でも10年経ってやっと真実が一人歩き出来るようになることは起きている。
それは、アメリカ最大のレースであるインディ・シリーズに使われる燃料についてである。
インディ・シリーズに限らず、アメリカでは(オーストラリアでも)アルコールを燃料にすることが義務図けられているレースは多いのだが、なぜアルコールなのかを正しく報道するメディアやジャーナリストは存在せず、数十年が過ぎてしまった。それを正しい情報(それほどではないが)にしたのは、私が日本のツインリンクもてぎで行われることになった、CARTシリーズの取材と、記者発表を記事としたときからである。
そもそも、ツインリンクもてぎに造られたオーバルコースは、アメリカのCART(その後インディとなる)レースを招致することが目的。その当時からマシンの燃料はアルコール。それを使うわけだから、アルコールに対応した火災消火対策が装備されて当然のはず。
そのことについて、まだツインリンクもてぎが正式オープンしていない時期に、当時の初代社長・Kさんと2代目社長のSさんにお会いしたとき、「何故CARTやインディでは燃料がアルコールなのかご存知ですか」という質問をした。
その答えは「・・・・・・」で、回答なし。
そこで「アルコール(当時は毒の強いメタノールだがその後エタノール+数パーセントのガソリンに変更)は水の仲間ですから、火災の消火は水でOKなのです」。「インディ500のレースは見に行かれていますね。そのとき給油後にピットで、なにやらドライバーに吹きかけているシーンは見ていると思うのですが、それが何かはご存知ですか」と問い詰めると、「・・・???」で、これも回答なし。
「あれは水を吹きかけているのです」「給油中にこぼれたアルコールを限りなく水にすれば、火災は起きませんから」と説明。
「ということは、ツインリンクもてぎのオーバルコース(スーパースピードウエイ)のアルコール燃料に対する消火用の散水システムは、当然設計されていないのですね」、の質問に対して「水で消火できるという認識を持っていなかったので、何もありません」という返事。
しかし、その後の言葉は、非常に前向きだった。それは、「今からコースの内側に散水栓を取り付けることは出来ないが、スーパースピードウエイのピットには、雨水排出用の側溝があり、グランドスタンド側からパドックまで、太い水道管が引かれているので、そこから側溝の中に水道管を通せば、ピットに散水栓を造ることが可能なので、すぐにやります」という返事を得た。
その結果が、見ればわかる、後付けの散水栓である。
これが私のアドバイスにより後付けされた散水栓と蛇口。スーパースピードウエイのピットウォール内側排水側溝の中に水道管を無理やり通しているので、仕上がりは悪いが、メカニック達は喜んだ。消火用の水が手元にある。パドックから運ばなくていいし、いざとなればコックをひねって消火用に使えるからだ
何故このようになってしまったのか。それまで、ホンダは数多くのジャーナリストたちをインディ500に招待してきた。しかし、彼らはそこからレース場として必要な情報を何も得てこなかったからである。疑問を持っていなかったのだから仕方がないかもしれないが・・・
ま、インディ500を見に行かなくても、燃料にアルコールが使われ、それは日中に火が付いても見えないけれど、水と同化するので消火は水でいい、ということはわかっていたはず???
それより以前の話として、何故ガソリンや軽油からアルコールになったかの経緯を知っていれば(私のように)、当然、ツインリンクもてぎのスーパースピードウエイに消火用の散水栓は設計図の中に入る。
燃料をアルコールに変更した理由は、クラッシュの多いインディ500で、いったんマシンから火を噴くと、簡単には消火できず、それまでには多くのドライバーが悲しい事故死を遂げていたからである。
更に、アルコールは気化熱が大きいので、アルコールをたっぷりと含んだ状態であるとやけどし難い。コーヒーメーカーに使われるアルコールランプは、親指と人差し指で火の付いた芯をつまんで消火できる。芯も綿である。これが灯油ランプ(芯はアスベスト)だったら“ジュ”といって火は消えず火傷するだけ。実験結果から明らか。
さ、そこからCARTやインディレースで、使われる燃料がアルコールである理由の間違い報道。ある著名なジャーナリストがインディ500解説のテレビ中継(録画)の中で「アルコールを使う理由は、環境にやさしいからです」と発言。
毒性の強いホルムアルデヒドが多く発生するメチルアルコールは、ひとつも環境に優しくないはず。そのため、熱エネルギーは少ないが、十数年後にエチルアルコール+数パーセントの(2%だったかな)燃料に切り替えたのだ。
また、メチルアルコールはアルミやゴムを溶かすので(特に温度が高いと)レースのパドックではメカニック達は大変。何が大変かというと、走行が終了するたびに燃料ラインを完全に洗浄し、次の走行に備えなければならないのだから。エチルアルコールではその心配が要らないので、その分楽になった。
更に、数年後のテレビ中継でもこんなことがあった。ガソリンとアルコールを入れた小さな缶に火をつける。アルコールの方はカゲロウが立ち上るだけで、炎は見えない。「いよっ、これは水を掛けて火を消す実験か。やっと真実が・・・」と思ったら、いきなり照明を消し、「アルコールは日中だと火災が見えません。暗くすれば火の付いていることがわかります」「そのため火災については特に気を付けています」で終わり。
これらの発言と報道が、以後長く日本におけるCARTやインディのレースで、燃料にアルコールを使う理由として、ツインリンクもてぎで行われるCART(その後インディに)のプログラムにも、燃料がアルコールあることの間違いは、約10年間毎年同じ内容で印刷されていた。でもあるとき、やっと、アルコールを使う理由の正しい記事が載ることになった。もてぎでインディをやるようになってから10年後だった。
もちろん、私自身は、当時在籍していたクルマいじり雑誌の中で、毎回、アルコールを使う理由を記事に出し、環境にやさしいからだという情報は間違いだ、という表現をし、ツインリンクもてぎの関係者にも、その旨を伝え続けて、やっとである。なんとも情けない話だが、ほかにも同様な間違いによる間違いの報道はある。ヤハリ、新しい情報はある程度の疑問を持って取り組んだほうがよさそうだ。
なお、インディ500のレースを見ていると、コースの内側にある芝生には常に散水がなされており、ドライバーがそこに転がって火を消すことが出来るようになっている。だいぶ前だが、F1ドライバーだったN・マンセルがコンクリートウォールにヒットしたとき、いきなりマシンから降りてきて、その芝生の上で転げまわっていたことがある。こんなことも見逃してはいけないのだが・・・