スバルでの名称はBRZ、トヨタは86(ハチロク)という。OEMではない
久しぶりに楽しいクルマのドライビングを味わった。なんだか分からないが、忘れていたような感触に、クルマから離れた後も、興奮した状態ではなく、冷静に、そのドライビングフィールを他人に話したくてしょうがない、という気持ちが長く続いた。これまた不思議なことである。
開発をやったのはトヨタではなく、スバルなのだ
トヨタが作る2リッター4気筒、水平対向エンジン搭載のスポーツカー、と言うのは正しくなくて、スバルとの共同開発なのだが、基本的に企画や出資がその大半を占め、トヨタでは開発をやっていない。つまり、スバル製といっても過言ではないのである。
少し前の話だが、そんなモデルのスバル・ブランドであるBRZの試乗会が、発売を先立った2月初旬ツインリンクもてぎの特別ショートコースで行われた。
スバルのBRZとトヨタの86では、エクステリアのデザインが少し違う。例えばヘッドライトは共通で、見た感じを変えるため、バンパーの作り方とデザインを変更し、ヘッドライトの寸法を小さく見せているのがBRZ
運転している最中から、正直、最近では味わったことのない、すばらしいと言う表現では言い尽くせない楽しさに、冷静さを失うこともなく、堪能してしまった。
いったい何がこれまでのクルマ、特にスポーツカーと違うのだろうか。その開発には、スバルならではの経験と考え方が、隅々まで詰まっているからに他ならないだろう。
全高が低いのでかなりスポーティに見える。だからと言ってサスペンションを締め上げているわけではない。締め上げなくてもロールは少ないからだ
「やるからには、トコトンやろう。開発資金のすべてをスバルが負担するのではできなくても、その資金のバックアップをトヨタがやってくれると言うことになれば、話は違うわけだから」、と言う話があったかどうかは知らないが、レガシィやインプレッサの部品を流用したのでは適わない性能も、すべてに近い部分を新開発するとなれば、左右シンメトリカルAWDの優れたコントロール性能を、新開発するFRスポーツカーにも生かすことは可能であるし、またそうでなければスバルが作ると言う意味がないはず。
フロントに駆動系を持たないスバルのミッション。エンジンの高さが少ないため全体としては小さく見える。それだけマスが集中していると言うことだ
スバルとして重要なことは、たとえFRとなっても、駆動輪から入る情報を、フロントにも伝え、それはまるでAWDがごとくの操縦性を確保することにある。それができて初めてスバルが作るFRスポーツカーとなる。この点が他のメーカーと明らかにスタンスが違う。「2WDは所詮2WDなんだから、限界の操縦性に難があっても仕方がない」、なんていう状態は許されないし、また考えてもいないようだった。
動力としてのエンジン開発では、リッター100馬力と、優れたトルクを得るため、直噴を採用するのだが、ポート噴射も燃費と排ガスを考えたときに有効なことである。
エンジンの取り付け位置を下げたので、プラグ交換が普通の方法ではできない。どうするのかと言うと、エンジンマウントを外し、エンジンを5cmほど吊り上げればいい。これはスバルのやり方。トヨタの開発陣は唖然としたそうだ
ふたつあるインジェクターで、ポートから噴射するものはこれまでの技術で問題ないが、直噴の方はスバルにその技術がないのか、と言うとそんなことはない。ボクサーディーゼルを数年前に開発し、欧州ではすでに販売しているわけで、その技術(主に燃料ポンプとコモンレール)は確立している。
では、直噴技術をトヨタからとしている理由は、「スバルだけの技術で開発したのでは、トヨタとしても面子がないだろうから」と表現する方もいる。
ディーゼルの高圧噴射技術(コモンレールは最大1800~2000気圧)を持ってすれば、最大200気圧(BRZに搭載のエンジンでは)に対する技術は問題ない。どこのメーカーでも、ディーゼルの高圧噴射技術を使って、ガソリンの直噴技術が成り立っている、と表現をしているからだ。ちなみに、ポート側の噴射圧力は4気圧である。
やはり回したい、と言うわけで、2リッター4気筒エンジンのボア・ストロークはスクエアの86×86mmになった
そのエンジンだが、リッター100馬力を目標に開発。それも比較的中速回転の7000rpmであるが、インプレッサに使用しているFBエンジンでは、ロングストロークとなっているため、目標に届かないことから、新設計で86×86mmのボア・ストロークを選んでいる。
クランクシャフトとコンロッド、それに繋がるピストンなど、今までのスバルボクサーの基本的設計から抜け出せたのは、ディーゼルの開発が関係している
ピストン頂面は直噴された燃料の流動性を計算した窪みがある。S/V的には損をするが、直噴のタイミングによっては、この窪みで燃料を受け止めなければならない場合もあるのだ
もちろんトルクも充実しており、リッター10kg・mを超えるのだが、トルクカーブには大きな谷が存在する。3000回転が一つの山で、そこから4000回転に向かって低下し、次に5000回転に向かって上昇する。MTの場合、速度とギヤの位置によっては加速の反応が乏しくなるが、排気干渉を防ぐ4・2・1エキゾーストパイプとすると、そのトルクの谷は埋まっても、好ましくないキックバックがあると言う話だ。「ふたつの回転域が楽しめる、と考えてください」と言うのだ。確かに走行場所にあわせてギヤをシフトすれば済むことなので、そのようなときには、臨機応変に対処するよりしかたがないのか。
それより、楽しいトルク性能も見逃せない。それは、5000~6800回転までがフラットに最大トルクを発生すること。普通のガソリンエンジンでは、なかなかこのようなトルク特性を引き出すことはできない訳で、この回転領域を楽しめるスポーツ走行では、実力を如何なく発揮できる。
ツインリンクもてぎの1コーナーに突っ込んで、ステアリングを切り始めたときから、気持ちに変化が
最初に試乗したのはATモデル。トルコンの6ATでマニュアルシフト付きだが、シフトモードをスポーツにして、VDC(ヴィークル・ダイナミック・コントロール)をスポーツにしておけば、これは楽しい、暴れることなく操作できてしまう。
横Gと格闘しながらアクセルを踏み、ブレーキをチョイチョイと触る。更にアクセルを深く踏んで速度を上げていくと、その横Gが抜けていく。BRZが軽いスライドを開始したのだ。180度ターンするコーナーの半分ほどの距離だが、それは実に楽しく、またやさしい挙動。これこそBRZが狙った性能なのだ。
アクセルを踏みつつ、左足でのブレーキ操作により、アンダーステアやオーバーステアを調整しながら、気持ちよく周回する。もちろんVDCをスポーツとしていても、大きく挙動を乱すような状態になりそうなときには、介入してくるらしいのだが、それは自然に近い制御でほとんど感じない。
リヤサスペンションも当然新開発。ここの動きをフロントに伝えると言う重要な目標を担う。使用するデフケースはマークXのもの。もちろんLSDとしてのトルセンデフが装備される
このように操作してやると、若干アンダーステア気味になりながらも狙ったラインから外れることはなく、僅かにリヤを流しながら、連続したスキール音とともに駆け抜ける。大きくリヤを流そうとしたが、それにはかなりの速度でコーナーに突っ込み、無理やりスライドさせるしかなさそうだ。しかし、この状態の走り方は決して楽しくない。やはり、しっかりとトラクションを確保しながらの走行がBRZ本来の楽しみだろう。
メーター周りは意外にあっさりとしている。左にアナログの速度計、中央はアナログのエンジン回転計とその中にデジタルの速度計がある。回転数と速度を同時に見られるのはうれしい
もちろんATにはブレーキオーバーライドが装備されている。左足でのブレーキ操作が何に役立つかと言うと、暴走事故が絶滅するのは当然だが、そればかりではなく、アクセルペダルの踏み方ひとつで、この制御がキャンセルすれば、挙動の安定性確保や、アンダーステア、オーバーステアの状態から、回復させることだって可能となる。
そのためには、ドライバーの意思が伝えられる制御を必要とし、開発者は、ブレーキオーバーライドが作動しても、アクセルペダルを小さく2~3回踏みつけることで、アクセルの操作が復活してくる制御を組み込んだ。これが重要なこと、特にBRZのようなスポーツセダンでは必要になる。
こればかりではなく、コース上にあるパイロンで作られたシケインに突っ込んだとき、エンジンとミッションはすばらしい働きをした。それは、ブレーキングからステアリングを切り始めた瞬間に起きた。何とエンジンはブリッピングし、ギヤは次の加速にあわせ自動的に二段ダウンシフトした。それはまるでドライバーの意思を受け継いでいるかのような制御であり、ATをスポーツモードとしておけば、パドルによるマニュアルシフトなどの必要性すら感じない。
新開発の6速マニュアルミッション。シンクロの作動を早くするなどし、ダイレクトシフトながら、硬さのないレバータッチはすばやいシフトを可能とし、シフトすることの楽しさも味わえる
ATのシフトレバーは特別な形ではないが、ゲート式をブーツでカバーしているため一瞬まごつくこともある。スタビリティコントロールのスイッチとATモード切替スイッチはレバーの手前で扱いしやすい
この制御は、横Gセンサーからの信号を元に、エンジン回転や速度、何速に入っているか、そして減速Gなどから、ステアリングの操作を始めることで、必要なギヤを選び出し、そこへダウンシフトすると言う。
実にすばらしい走りである。エンジンやミッションがというより、ボディやサスペンションが勝っていると言うことなのだろう。
触媒の熱害対策で必要なアンダーカバーはアルミとして、ついでに補強のブレースに使う
AWDと同じ安定性を得るためには、エンジン搭載の位置を、当然フロントミッドシップとも言える状態にしなければならないが、それは簡単な話ではない。更にエンジンの搭載高さも下げなければ、重心を目的としたところに収められないのだ。しかも、エキゾーストパイプの配置と言う障害もある。
そこへトライするにはプラットフォームから何からすべて新しく開発する。そして得られた数字は、エンジンがインプレッサなどと比較して240mm後方へ、エンジン高さは60mm下げること。もちろんエキゾーストパイプの形状やインテークパイプの形状も低くしているのだが、その結果、触媒の熱害試験(あえて失火させ、触媒を反応熱で高温とさせることでの被害試験)で問題となり(触媒がシリンダーの下に来るためどうしても地上高が小さくなる)アルミ製のアンダーカバーが必要となったのだが、どうせなら補強のブレースとしての役目も担おうということで、しっかりとボルトで固定されている。
エンジン下を覆うアルミのカバー。触媒対策だが、ついでに補強板としての使命も持たせている
このようなことから重心が非常に低い。そして、コーナリング性能は当然として高くなるが、それよりもいいのは、ロールを抑えるための硬いスプリングやスタビライザーを必要としないこと。更にタイヤの性能をしっかりと使い切れるため、ハイグリップタイヤを履かなくても十分な性能を引き出せるのだ。
そのタイヤだが、ブランドはミシュラン。しかし、何とプリウスと同じエコタイヤが装備されていた。エコタイヤはどうしてもウエット性能やブレーキ性能が劣るので、ここにハイグリップタイヤを装着したら、もっとすばらしい走りが約束できる。
タイヤはミシュランが標準装備。ただし使用するのはプリウスと同じエコタイヤ。それでも十分な性能を発揮できる。ハイグリップを装着したら、いったいどうなるのだろうか