研究開発に見た遠回りの結論にあきれる -水素エンジンと点火装置-


2012年4月2日月曜日

圧縮比14・マツダの新ディーゼルを考察する

いまや既存のディーゼルは時代遅れ、他のメーカーもこの技術を見習う必要がある

内燃機関に一石を投じることで、これまでにないエンジンの開発・製産を行ってきたマツダが、ディーゼルエンジンにもショッキングな技術を詰め込んだ。それがスカイアクティブ・ディーゼルである。

昨年発売されたガソリンエンジンでは、圧縮比を14あるいは13と言う値にするもので、ノッキングを回避する制御と燃焼を確立し、部分負荷状態では常に膨張比を大きく取れるミラーサイクル(アトキンソンサイクル)として、燃費を向上させたのだが、ディーゼルでも同じ圧縮比の14と言う値での燃焼を可能とした。

これがスカイアクティブ・ディーゼル。排ガス制御では仕方がない、と言う考え方を捨て、最初から高い目標を掲げて開発したら、意外なところにキーがあった。これまでの常識を覆せば、新しいものが見えてくるのだ

圧縮熱を燃焼のタイミングと膨張に使用するディーゼルは、これまで常に高い圧縮比を要求しているかのように思われてきたが、実は違っていた。

重要なのは、冷間時始動で、それに必要な圧縮比が16あるいは18と言うだけのこと。実際に暖気が終了したら、それほど圧縮比が高い必要性はなく、無駄な状態での燃焼サイクルを行なわせていたとも言えるのだ。

圧縮比が高いから、それに合わせてクランクシャフトやコンロッド、ピストンとピストンピン、はたまたシリンダーブロックからシリンダーヘッドまで、ガソリンエンジンとははっきりと違う材料を使って、形状に対しても無骨な状態、つまり頑丈なことが要求されていた。

それなら、圧縮比を小さくしても冷間時始動が可能なディーゼルエンジンを作ったら、いったいムービングパーツ(クランクやコンロッド、ピストンなど)はどうなるのか。これまでよりコンパクトで、材料費も安く軽量なディーゼルが出来るのは当然のこと。それによってエンジン回転には軽さが生まれてくる。

圧縮比が高くないのだからいかにも無骨で重いものは必要ない。手前がスカイアクティブ・ディーゼルのクランク(向こう側はこれまでのマツダディーゼル2.2リッター)。ウエブの厚みや形状など、まるでガソリンエンジンのようである

コンロッドの形状や寸法もこのように大きく違う。ピストンピン径も30mmから26mmと小さくし、ピストンについてもピストンピン径が小さい分短くし、低圧縮とするためにピストンにある燃焼室も大きいので、ピストンの軽量化もなされた


問題は、どのようにしてそれを達成するかであるが、スカイアクティブ・ガソリンでブレークスルーさせたように、マツダはディーゼルでもブレークスルーさせた。

ディーゼルだから・・・と言う考え方をせず、どのようにしたら軽やかで楽しく運転できるディーゼルは出来るのか。基本的な発想を変えることでその目標を捕らえたのである。

ディーゼルの鍵は冷間時始動にあり、特に極冷間でも始動を可能としなければならない。また、排ガスや燃焼音(俗に言うディーゼル音)に対しても、ガソリン以上が望まれる。排ガスに関してはガソリン以上の対策は可能だが、エンジン音に関しては、ガソリン並みに近づけることが精一杯。もちろんシリンダーブロックやシリンダーヘッドを鋳鉄の鋳造で製作すれば、エンジン音低減は可能なのだが、それでは時代錯誤も甚だしいところ。

そこでマツダでは、軽量なオールアルミのエンジンとし、シリンダーブロックはダイキャスト製のオープンデッキ。エンジン音としてはつらいオープンデッキを採用しながら、あの程度の燃焼音とすることが出来たのも、14と言う低圧縮が大いに関係している。

そして、肝心な極冷間時でも始動可能とした技術は、最大圧力2000気圧(最低400気圧)としたコモンレール噴射と10ホールのインジェクター(ピエゾインジェクター)に、高い昇温性能を持つセラミックのグロープラグばかりではなく、セルを回して僅かな燃焼(安定燃焼に結びつかない)が起こった際に、その燃焼した排気ガスを、マツダ独自の排気バルブ2度開きによる吸気工程でのEGRシステムは、熱い排気ガスを再度シリンダー内に取り込み、シリンダー内の温度を上昇させ、その状態から圧縮することで十分な圧縮熱が得られ、自己着火による安定燃焼に結びつく。これを達成できたことで、排ガス改善など次のステップに進むことができた。
これがマツダ独自の排気バルブ2度開きシステム。冷間時始動後の初期では、圧縮熱が十分ではないため、一度燃焼した(或いは燃焼しかかった)排気ガスを、吸気工程で再度引き戻す装置。この機構が出来たことで14と言う圧縮比が成立した

この結果、冷間時始動では当然のこととして行われていたアイドルアップはなく、普通のアイドリング回転800で安定。カリカリと言う燃焼音が小さいばかりでなく、エンジン回転も上がらないと言うことから、早朝の住宅地でも周りのお宅に迷惑を与えることは少ない。

もちろんインジェクターからの噴射はマルチプルで、最大9回の実力を持つが、現在のところ実質8回。その8回は冷間時の燃焼促進と燃焼音の低減だけではなく、DPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルター)が煤で詰まったときに焼き切る場合も、触媒へ軽油を送り込む目的で作用させるのだが、暖気後の通常走行では4回の噴射が燃焼1サイクル分となる。

また、これまでのディーゼルエンジンは、NOx対策で(煤が出ても、これを優先してきた)燃焼温度が上がらないように、ピストンが上死点をかなり過ぎた時点で燃料が噴射されていた。つまり、圧縮比は小さい状態だ。これではせっかくの大きな膨張比も宝の持ち腐れ。当然燃費もトルクも十分に発揮できない。

そこでマツダは、上死点燃焼を目標に技術開発した。上死点で燃焼させてもNOxの発生がなく、かつカリカリと言う燃焼音が出なければいいのだが、これが難しい。

ところが、圧縮比を14とすることで、これまでのディーゼルが燃焼させていた上死点後の圧縮比と同じ値となり、EGRもしっかりと冷却し十分に取り込むことで、燃焼温度は抑制されNOxの生成も少ない(ポスト新長期規制でも後処理装置は必要ない)。もちろん、インジェクターの性能や噴射タイミングやパターンの制御も大きく関係する。

これまでのように圧縮比を高くしていると、燃料が噴射されたとき、燃焼室全体(ピストンの凹み部分が燃焼室になる)へ均等に分散せず部分的に濃い状態が存在する。これでは極所的に高温となりNOxを生成し、同時に酸素を求めて燃焼してしまうため、酸素不足状態の部分では煤が発生。更にムラのある燃焼は燃費が悪くなる。ところが低圧縮の場合、内部流動の高いところに高圧で噴射された燃料は、その燃焼開始タイミングが燃料と酸素がよく混ざるまで着火しないようになる。その結果、欠点が解消する、これが低圧縮ディーゼルの優れたところである。

また、時間差が出来ることで、燃焼の経過とともに燃料は分散するため、燃焼の終盤にはリーン燃焼となり、HCの発生が微少と成るのは当然の結果だ。
圧縮比を小さくするためにはピストンにある燃焼室を大きくする必要がある。燃焼室の径が大きいと、エッグシェイプの形状も自由度が増し、圧縮工程での燃料噴射タイミングを、これまでより手前で行っても、燃料が燃焼室からはみ出すことなく燃焼室に止めておける。その結果、予混合的な噴射を行っても、燃料は酸素と結びつく時間が得られ、ムラな燃焼を回避できるのだ。これ全て、圧縮比が低いからである

つまり、少し早めの燃料噴射で燃焼室全体(ピストンにある凹みの部分)に燃料を分散させておき、そこにパイロット噴射から、上死点近く(場合によってはほんの少し過ぎたあたり)のメイン噴射で最大燃焼(膨張)を行い、穏やかに全体を燃焼させる技術が開発された。3コブ燃焼と呼んでいる。(2コブ燃焼もあるが)

改めてエンジン性能をグラフから見てみると、排気量2188cc、最高出力は129kW(175ps)/4500rpm、最大トルク420N・m(42.8kg-m)/2000rpm。この数字は自然吸気エンジンの4200cc同等のトルクであり、その力強さは見て取れる。シーケンシャル・ツインとしているターボの技術は、マツダがとく意図する分野で、最大過給圧は1.7気圧。また、最高出力回転が4500であるけれど、実のところ5200回転まで一気に上昇してしまう。そのあたりも狙ったところである。

これがスカイアクティブ・ディーゼルのエンジン性能曲線図。2000回転の420N-mを頂点にトルクが山型になっている。その大きなトルクばかりではなく、トルク特性にも注目したい。使いやすく、気持ちのいい特性を引き出したのである。最高出力回転についても同様で、5200回転は簡単に、そして気持ちの良い感触で極普通に回ってしまう

最近のターボはVGT(バリアブル・ジオメトリー・ターボ)が主流。それをあえて使用しなかった理由は、シングルターボであればでコスト的にも有利であるが、低速ではターボチャージャーのレスポンスを良くするため、タービンに当てる排気ガスの流速を上げる目的で、ノズルを絞る形となり、排気ガスの詰まり現象が発生して、エンジン性能的に良くないからだ。
過給機は現在のディーゼルエンジンに絶対必要なアイテム。ただし、最大過給圧を高くすると(スカイアクティブは1.7気圧で欧州車からすると高いほうではない)、ターボチャージャーも大型となる。その状態で実用性を高めるには、タービンホイールに当てる排気ガスの流速を高めてやる必要が生じ、そのためにタービンホイールのハウジング内へ、多数のウイングを装備して、エンジンの負荷状態を検出しながら、ウイングの角度を変えてタービンの回転数を高くするのだが、これをやると排ガスの圧力が高く、つまり分詰まり状態が出来る。当然エンジン性能的には良くないので、マツダでは、RX7で培ったシーケンシャルツインターボを装備した

トルクに関しては、過給との関係で一般的には最大値(過給圧がらみで)からフラットとなるのだが、それでは快適にはならない、と言う思いから、山を作っている。トルクカーブを引っ張り上げて山としたことにより、多少前後のトルクは少なくなる傾向だが、これにより自然で力強い加速力が生まれた。

スカイアクティブ・ディーゼルにはアイドルストップシステムも装備している。ただし、重要な再始動時間はガソリンエンジン並みに小さく、0.4秒である。一般的にはこの倍以上かかるので(バスなどを見れば分かるはず)、乗用車としては歓迎されないロス時間。危険領域になるならやらないほうがいい。

そのため1回の圧縮工程で確実に燃焼させる技術が詰め込まれた。重要なポイントはクランク角度の検出から(ガソリンと同様)再始動しやすい位置にピストンを止めること。目標は上死点前90~108度だが、たとえ72度となっても再始動可能な技術を取り込んだ。それだけではなく、アイドリングストップしている間のコモンレール内における燃料圧力を維持する技術も重要な点。ピストンが止まる直前にはエアバルブ(スロットルバルブではない。EGR制御などにも使用する)を全開にして空気を取り入れることも行う。

そして、再始動時にはピストン位置を検出しながら、燃焼室からはみ出さないタイミングで予混合的に1回噴射し、更にピストン上昇に合わせパイロット噴射からメイン噴射を行って、安定燃焼にしていく。ここもすごい技術である。なお、ディーゼルでもATにはブレーキオーバーライドが装備されている。