トルクロッドもなくサスペンションアームも持たない独立懸架
サスペンションは、コーナリングの性能を上げるための全体設計ではなく、ニュートラルな走行時におけるサスペンションのあり方を最重点項目として考えるべきである、と考える。コーナリングにおける横力は、直進時におけるクルマの不安定要素をいとも簡単に越えてしまうわけで、コーナリングが素晴らしいクルマが直進安定性がいいと言うことはない。逆に、直進安定性のいいクルマは、コーナリング性能も素晴らしいというのが事実でもある。
ステアリングを切ったときの、クルマに発生する横力の計算は簡単に求められるのだが、直進時における外乱に対しては、いくらスーパーコンピューターを使えども分析できる状況にはならない。
コーナリングの特性から言うと、日本車は、タイヤのコーナリングパワーで曲がるのに対し、西独車はコーナリングパワー+キャンバースラストをバランスよく使っている。そのためレーンチェンジや高速コーナリングでもロールが少ない。特にフロントの沈み込みは少なく、タイヤからのスキール音はでにくい。
ル・マン24時間耐久レースでのことだが、89年に見たマーシャルカーはメルセデス560SELのノーマルカーである。これにオフィシャルが4人乗ってあのグループCカーを引っ張るのだ。これがただのクルマであったのなら、スピードが遅いことにドライバー達からクレームがでる。しかし、メルセデスは違っていた。ストレートでのスピードはもとより、コーナリングもバランスを崩すことなくレーシングカーを引っ張ったのである。翌年登場した日本車のマーシャルカーは、もちろんバリバリの3リッター・ターボ付きレーシングカーであった。
タイヤは幅が広くなればなるほど、路面の凸凹を受けながら、グラグラしながらも目的の場所に向かって転がっていく。このときに発生するグラグラ力はかなり強いものがあり、これをどのように処理するかが一つのポイントでもある。
リヤサスペンションにおいては次のような事例も見られる。まず一つ目は1953年式のメルセデスベンツ300に見られる。 デフをボディ(このときにはシャシーを採用していた)に取り付けて、その両側にスイングアクスルとするタイプである。スイングアクスルとなれば、当然タイヤにかかる前後方向の力を処理するために、ラジアスロッドやトルクロッドの取り付けがあるのが自然なのだが、このベンツ300は当然とも言える、ロッドの取り付けを行なわなかった。次回にはもうひとつの例を記載します。
1953年式のベンツ300。前オーナー曰く「当時は、外車に決まった価格は無く、オークションだったので、輸入の数が少なかったベンツ300は、ロールスロイスより高かったのだぞ」と。我々のところに来たベンツ300はなんと左ハンドルで、コラムシフトのマニュアルミッション(当時はろくなATはなかったので)。ステアリングにはアシストなど付いていない
つまり、ラバーマウントされたデフを中心にして、タイヤは前後に、自由に動くことになる。これがいったい何を意味するものなのか。NVHだけではないように思う。
フロントは上下アームが非常に短いWウイッシュボーンで、形や寸法からして、どう考えても素晴らしいサスペンション回りとは思えない。
12年ほどたった中古のベンツであったが、その時の走りときたら素晴らしいものであったことを覚えている。とにかく、ステアリングの遊びが多いにも関わらず、どのような路面状態であっても、ハンドルを取られることがないばかりか、左右に振られたり、向きが変わることもない。この状態が100km/h以上まで続いたのである。120km/hまでは出したが、それ以上は出せる道路がなかったので、確認できなかった。
知り合いから譲り受けたベンツ300だったが、当然整備が必要な状態であったため、下回りは分解して交換するのだが、デフのピニオンギヤベアリングはテーパーではなくローラーが使われていた。そのベアリングだが、DIN規格であるのは当然のこと。日本製でも呼び名こそ違っても同じサイズのものがあるので、それを使う。大学時代の機械製図の先生は、JIS規格作った方で、「面倒だから、時間もないし、DINの寸法をまねた」と教えてくれていたため、躊躇無くベアリングは日本製を選んだのだ。
これはそのベンツ300のボンネット先端に取り付けられていたボンネットマスコット。ラジエターキャップと勘違いしていた方もいるようだが、そうではなく、これを取り外すとその中にラジエターキャップがあったと思う。破損したためか、オリジナルとは違っている
これが当時のベンツ300に使われていたヒーターファン。エンジンルーム内に、左右ひとつずつ取り付けられていた。それ程強力ではなかったように記憶する