研究開発に見た遠回りの結論にあきれる -水素エンジンと点火装置-


2014年4月3日木曜日

3ない運動の余波が、こんなところにも及んでいた

それは、バイクやクルマ造りに関係していたのである


今から30年以上前になるだろうが、「バイクを乗ると不良になる」。だからバイクの免許は取らせない、バイクを買わない、バイクに乗せない。ので「3ない運動」というような、訳のわからない標語を造り、見えるところだけは取り繕ってきたが、実際のところでは、隠れて乗るとこでの事故やバイクの窃盗などに波及した。

今となっては、正しい指導を行わず、表面的な規制で、実務的には対策になっていなかったと思うし、若者ならバイクやクルマが好きになり、乗り回したくなって当然。ここの部分を指導する優秀な指導者が必要だったのだ。

それを規制したわけだから、心身ともに健全な状態で成長するはずがない。

我が家でも、その余波が残る時期に息子は公立高校へ進学。でも2歳ぐらいのオシメをしているときから、小さなバイクの(ギヤ付き)ガソリンタンクの上にまたがらせ、アクセルワークをマスターさせ、さらに免許を取ったら直ぐに走り出せるよう、息子が欲しいバイクを購入しておいたほど、条件は整えておいた。

なので当然、免許が取れる歳になったら、学校の先生を説得して、原付第1種50の免許は取らせるつもりでいたら、息子曰く「免許を取っても乗る暇がないからイイヤ」という、なんとも悲しい返事。

部活、塾通い、自由な時間はない。学業一本槍の生活だった。でも、この余波は大学に入った瞬間から炸裂した。

まず50cc免許を取得。当然私とツーリングに出かける。その最中には、どのような状態に小さなバイクが置かれるか、説明すると同時に自分も体験する。

これにより、交通弱者を体験する。そのため、大きなバイクやクルマを運転するようになっても、常に弱者のことは無意識の中にあり、交通事故も起こさないし、違反で切符を切られることもない。

バイクの運転もうまいし、クルマの運転も素晴らしい。これ、全て学生時代に父親から(つまり私)教わったルールや走らせ方が影響しているはず。

ただし、いじるほうはダメ。我が家には全ての条件が揃っていても、小さいうちからバイクを友としてこなかったため、要領が分からないのである。

バイクを最大限に友として扱える時代が来るのは、我が家であってもせいぜい大学に入ってから。

それでも、一人でツーリングしたり、試乗会に出かけたりで、それぞれの走り方や、バイクの特性は理解したようだ。

これが、バイク造りに影響を与える。つまり、せめて我が息子のように、街中から峠、高速道路まで(小さい頃にはモトクロス場も)、あらゆるロケーションを走行していれば、何処を走らせるバイクなのかによって、特性や制御に必要なことをある程度理解しているのだが・・・

しかし、高校はもとより大学に入っても免許は取らず、大学卒業と同時に自動車メーカーに就職し、それから免許を取って開発・実験をやり、キーマンとなる立場になった人物が、3ない運動真っ盛りに、生徒・学生だった人物では(年齢的にそうなる)、経験不足により、目標となるバイクは、せいぜいサーキットを重点的に走らせるものだけ。(テストコースだけで走行開発をすればいいので)

ツーリングを経験しない開発者が、ツーリングバイクを造れば、当然サーキットバイクが出来上がってしまう。

そりゃそうだ、バイクが心底好きで自動車(バイク)メーカーに就職したわけでもなく(昔は○○キチガイと呼ばれた人たちが集まっていた)、単純に仕事だけ。休日に仲間と数百キロのツーリングに出かけることもない。

こうなれば、どのようなハンドリングがツーリングバイクに重要か(必要かではない)。どのような制御が必要か、これすら理解していないのだから、中他半端なバイクが完成してしまう。

バイクに限らず、クルマにもいえそうな感じだ。

ジャ~どうしたらいいのか・・・とりあえず、先輩達から意見を聞いて、学習し、身をもって体験するしかないかな。