研究開発に見た遠回りの結論にあきれる -水素エンジンと点火装置-


2018年6月23日土曜日

自動ブレーキのテレビCFに対して、よく警視庁や警察庁がクレームを出さないな


各車(全車ではない)で、最近の新型車、マイナーチェンジモデル車に、当然のように取り付け採用を始めた自動ブレーキ。

これ絶対に作動すると言う根拠はなく、有る機関での検証では30%ほど作動しなかったと言う事例も有る。

それより問題としたいのは、テレビCFで「よそ見運転をしていても、万が一の時にはブレーキがかかります」と言う表現や「ボーッとして運転していても大丈夫」、と言うような表現で、その魅力をアピールしている。それって、良いことなのだろうか。

重要なことは、あくまでも緊急時には・・・であり、これらの表現では、いい加減な気持ちで運転していても大丈夫、と言うような感じで捉えられる。

よそ見運転、不注意運転を助長しているように思えて仕方がない。警視庁、警察庁は、この実態を知っているのか、或いは無関心なのか。何か大きな問題に発展する前に、対策を打っておく必要はないのかな。

2018年6月13日水曜日

ニッサン・セレナe-POWERの回生制御で、バッテリー充電重視の快適とはいえないプログラムに疑問


ニッサンは、エンジンで発電機を回し、そのエネルギーによりバッテリーへの充電や走行用モーターを駆動することで、クルマを走らせるシステムを構築し、手始めにノート(ノートe-POWE)でそれを達成。燃費性能と動力性能、クルマ購入のコストバランスの点からかユーザーが増えた。

確かに結果としてはそうなるのだが、果たして快適にドライブが楽しめる穏やかな回生状態なのかと言うと、とてもそうは思えない。特に最新のセレナe-POWEの回生制御がすごいことになっていると感じる。

何がすごいと言うのかと言うと、アクセルを戻したときのクルマの慣性力を利用する回生(この力をバッテリーの充電に使う)ブレーキである。ベーシックなガソリンエンジン・マニュアルミッション車のエンジンブレーキに相当する減速状態で、確かにクルマを減速させることについては、非常に有効で、慣性力を生かしたことはハッキリとわかる。しかし・・・その強い減速状態が乗員を不快な思いにさせる、と言っても過言ではない。

この制御にはノーマルモードとe-POWEドライブと言う2つがあり、さらにe-POWEドライブには加速力の異なるSモードとECOモードがあり、希望走行状態を選べることになっているが、問題は加速力などではなく、減速時(アクセルを離したとき)の回生ブレーキがどのような強さで、更にその回生状態がどの時点で作用し始め、最大となるのは何時なのか?である。

e-POWEドライブを選択すると、アクセルから足を離したとたんに急減速。体が前のめりになるほどに強い。バッテリーへの充電を重視してのプログラムなのだが、いくら燃費を良くしても、快適性が失われたのでは意味がない。

どのような感じなのか例えを考えてみたら、例えばMT車で2速走行しながら速度を高め、60キロぐらいになっていきなりアクセルを離したときの強いエンジンブレーキ。これで不快に感じない乗員はいないだろう。

そして、このような状態になることを嫌うドライバーは、その強い減速が起きないようにドライブしようとすると、アクセルペダルを踏み込むときには、いつものクルマと同じでいいのだが、アクセルペダルから足を離すときには、それこそサーボモーターでの制御のように、スムーズにバランスよく右足の向うずねに神経を集中させながら(この操作はかなり足が疲れる)力を抜いていかないと、乗員(運転手も)を不快な思いにさせてしまう。

では、普通のCVTエンジンモデルと同じような制御だ、と言うノーマルモードではどうなのだろうかというと、バッテリー残量が少ない状態だと(メーターがあるので判断できる)回生制御が、強くはないが働いて、アクセルペダルから足を離したとたん体が前方へ持っていかれる。それでも、バッテリーの残量が80%以上になると、さすがにオナカ一杯になるようで、回生制御はほとんどなくなり(普通のドライバーだと、その違いには気付く人は少ないだろうが・・・)、これなら合格の制御と言える。でもこれだとバッテリーへの充電が思うようにならないのである。

ノーマルモードでは、恐らくバッテリーへの回生充電が十分ではなく、燃費に大きく影響するのだろう。だからといって、アクセルを離したとたんに最大に回生充電が開始されるのは、快適とはかけ離れた状態。走行速度とバッテリー残量、クルマの総重量(その時々で変化する)により、どの減速タイミングから回生量を大きく立ち上げ、それによりスムーズに減速させることで(例えばMT車であればいきなりクラッチを接続させるのではなく、エンジンブレーキを有効に使う場合でも、エンジン回転の上昇具合と減速の状態を考え、クラッチを繋ぐのだから)、ドライバーに負担をかけないような制御が求められる。燃費さえよければそれで良いんだ、と言う人にはどうでも良い話だが。

また、走行性能には関係ないが、走行時の静粛性が高いことは賞賛に値する。ただしその理由の解説をしているレポートがどこにもない。防音材を多用したからという言う話だけではなく、大きな点は、ボディの床下に配置したモーター駆動用のバッテリ-によるものであると言うこと。バッファーが大きくなったので、走行騒音と振動はここで減衰するのである。
一部の騒音対策みたいな状態となり、そこばかりが静かでも、もぐらたたき状態で、別なところからの騒音が目立つので、対策が大変だったと言うが、エンジンからの騒音(特に加速騒音)対策から比較したらたいした話ではないと思う。

2018年5月11日金曜日

樹脂系のステアリングもケアすることによって握りが安定することがわかった


レザーのステアリングは、長いこと日に当たる状態で保管されると、表面の油脂成分が蒸発?するのか、とにかく水分が抜けたようになって、ツルツル。水を含ませなければハンドル操作も危うくなる、と言う事実を経験したことがあり、その対策として**ソンのベビー**をたっぷりと、何回も塗るつける(てんこ盛り状態で)と言う方法により、当時と同じように、いやそれ以上にシットリとした握り心地が得られる実証実験は成功した。

では、樹脂のステアリングはどうなのだろうか。これも年月を重ねるとツルツル状態になってくる。ブレーキクリーナー等で洗浄したところで何も変化無し。

摺りこむのではなく、ベタベタと塗りつけた状態で保つ
 
人の油脂分が付着してワックスとなり、それがすべる原因なのか?とも思ったが、どうもそうではないらしい。そこで、革のステアリングと同じローションを使ったケアを試みた。

このような状態で一昼夜すると、ほとんどしみこむのか蒸発するのかわからないが、とにかく消える。これを数回繰り返せば握り心地のいいステアリングに回復する
 
当然革よりも時間がかかり、直ぐに染み込むことはないから、効果が出るまでに時間がかかった。しかし、あるとき気が付いた。少しずつの変化であるため、いつの間にかなのである。でも、とにかく感じの良い表面に変化し、乾燥した年寄りの手のひらでも滑る感触はなくなった。

2018年5月6日日曜日

ひたち海浜公園は、その昔、水戸の射爆場と呼ばれた。そこで開催されたエンデューロレースが「シルバー200」だ


その射爆場跡地で開催されたエンデューロレース「シルバー200」のプログラムを掲載してくれた雑誌がある。「自然山通信」と言うトライアル中心の雑誌だ。自然山通信4月号が欲しい方は℡045-989-1360.Fax045-989-1362(280円+税)まで問い合わせて欲しい。

自然山通信と言う表題の付いたトライアル専門誌がシルバー200のことを取り上げてくれた
 
水戸の射爆場は、戦後米軍が管理していた広大な森林と雑草が生い茂る演習場。その場所を日本政府に、返還することになったのだが、それを記念して何かバイクのイベントが出来ないだろうか、と言う話が、横田基地のバイク仲間から沸きあがっていたらしい。バイクが好きな隊員(米軍横田基地内にはMCFAJ・モーターサイクル・クラブ連盟にクラブ登録しているグループもあった)が多く、「アメリカで開催されているような広大な場所でのエンデューロレースができるといいのだが、水戸の射爆場跡地を利用して」、と言うような話がモーターサイクリスト編集部に舞い込んできた。

「水戸の射爆場跡地」なんていわれても、戦後に日本人がそこに入ってレースなどやったことはないし、ましてどこにあるのかさえ定かでなかった。

でもそれは面白そうだということで横田基地の将校さん宅を訪ねると、彼らはすっかりやる気で「さーどうする」的な話で迫ってくる。コースはどうなっているのか聞くと「射爆場の外周近くを走るコース」を考えており、大まかなレイアウトが出来上がっていた。

モーターサイクリスト誌(八重洲出版)は、今は亡き初代社長の酒井文人氏がモータースポーツ大好きで、浅間テストコースでのロードレースを主催したことがある。

そのモーターサイクリストはMCFAJという組織を作っていたわけで、そのような組織を巻き込めば水戸の射爆場跡地を使ったエンデューロもやれるのではないか、と米軍グループは考えたのだろう。

横田基地で打ち合わせに立ち会うこととなった私は、MCFAJの事務局長や理事長とも親しく、いろいろお手伝いする中で、いつの間にか競技の運営にも首を突っ込むことになったほどだった。

そんなこともあり、横田基地の担当者と話をする最中、計時や保険は?と言う問いかけをすると、計時も保険もまだ結論がでていない。何とかしなければならないのだが・・・

そこで、計時はMCFAJのレースで、常に計時の判定を行っていた方にお願いすることに。そして保険は、これもMCFAJの事務局長に相談済み。保険は何とかなります、と言う私の言葉に米軍関係者全員が「イヤー、ラッキー」「自分達はそれが一番心配だった」というのである。

レースの名称についての相談もしたが、シルバー200と言う名前になった経緯は忘れた。何かに引っ掛けたことは確かなのだが。

レースの開催日時はこちらのスケジュールで良いというので、編集の仕事が一段落する次の日曜日の7月30日に決定。コースの下見と確認は横田基地の関係者と編集部員の大光明(おおみや)が試走を2回ほど行い決定した。

コース1周の距離は12キロ。海岸線の波打ち際も走る。レースは時間レースで、そのときに一番周回数の多いライダーが総合優勝となるもの。スターと時刻は午前10時。終了は午後4時と決まった。

レースの内容は転倒事故の多い状態で(海岸線から上ってくる場所の埃がすごく、前が見えない)、私もコースマーシャルとして何周かしたが、転倒者を見つけて助けている直ぐその脇で、“ドデン”という転倒の音を何回か聞いたが、その状況が見えていたわけではない。

参加者には、今そのリストを見ると、有名人がかなり多いことが、初めてわかった。当時は、レースを最後までやりきることに神経を集中していたので、参加者の名前まで気が回らなかった。ここでその方々の名前はあえて出さないが(漏れると失礼になるので)、お許し願いたい。

そして午後4時にチェッカーフラッグを最初に受けたライダーは、勝俣輝勝さん。何周したか忘れたが10周ぐらいだったと思う。

2018年4月20日金曜日

夜間の歩行者とクルマの事故は、歩行者がクルマから見て右から横断する場合に多いらしい


夜間に年寄りが道路を横断するとき起きるクルマとの交通事故は、クルマ側から見て右側から横断する場合が多い、というレポートを掲載した会報があるのだが、どうして? 何故?がない。

そこで少し考えてみると、日本はクルマが左側通行。普通のヘッドライトは、ロービームでも左側に立つ歩行者などが発見し易いように、左上がりの配光パターンである。

右は対向車のことを考えた配光だから、歩行者や障害物はいくら明るいHIDでもまるで見えない。

その状態を右側にいる歩行者側から見ると「まぶしくないので距離感が取りにくい」ばかりではなく、「緊迫感」がないのだろう。

そのため、近づいてくるクルマやバイクとの距離目測を誤り、事故に結びつく?ただし、この右側から出てくるお年寄りに関しては、昼間でも左側より多く発生しているのはどういうこと?

恐らく距離と速度の感覚を把握する能力が低下するからだろう。でも、そのことを自覚していれば衝突事故はある程度防げると思うのだが。

クルマやバイク側からすると右側から出てくる人物は、お年寄りでも若者でも、夜間では発見しにくい。

左側であると左上がりの配光パターンがその目的を達成し、比較的手前から歩行者の発見が出来るので、その歩行者の動向を把握し易い。つまり、事故を回避できると考えたのだが。

高級車に取り付けられているインテリジェント・ヘッドライトなら、歩行者を見つけて照らしてくれるから、発見が遅れることは少ないのだが、価格の点で一般には採用例がないが、自動ブレーキがそうだったように、時間と共に下のクラスに採用がされるだろう。そうなったら、夜間における「歩行者の発見が、ヘッドライトの関係で・・・」という言い訳は効かなくなる。
早くそうなることを願いたい。

2018年3月29日木曜日

無関心すぎやしないか


これは数週間前の話だ。自宅近くのJR駅ホームでのこと。いつも乗る場所に行くと、若者が柱を背にして座り込んでいる。体調がおかしく助けが必要かもしれないので、自然と声をかけた。

「どうしました?」「気分が悪いのですか」顔色を見ると赤い。と言うことは二日酔い。直感でそう感じたため「二日酔いですか?」と言う質問に若者は「そうです」と言う返事。駅員さん呼びましょうか?」と言う質問に対し、「暫くここにしゃがんでいれば何とかなります」。と言うので、それ以上のことはしなかった。
 
この時大丈夫ですか、と言う声掛けはしない。それは、助けを必要としている方が、反射的に「大丈夫です」と言う返事をしてしまうからだ。これでは、その方が助けを必要としているかどうか、判断が難しくなる。ついつい「大丈夫ですか」と声を掛けてしまうので、注意して言葉を選んで声を掛けるようにしている。

何か異変があるといけないので、暫くその彼を観察。私以外に若者から年寄り(男女を問わず)まで彼の前を50人ぐらい通るのだが、誰一人として声をかけない。

おい大丈夫か、日本は!!!周りの異変に無関心すぎるヨ

2018年3月26日月曜日

トヤマハトレールDT1誕生50周年記念のイベントが埼玉入間のモクロスビレッジで4月15日に開催されるぞ


今から50年ほど前のオフロード界は、ヤマハから発売されたDT1が話題を独り占めにしていた。

スリムで軽量、強烈なパワーはないが、その扱いやすさは特別。開発のライダーは今でも元気な鈴木忠男(チュー)さん。先日のモーターサイクルショーでお会いしたとき「4月15日のイベントには参加されるのですか?」と言う質問をすると「当然です。私が開発ライダーでしたから」と即答。でもチューさんは「本来ならプライベーターではなく、ヤマハが主催するべきだと思うのだが・・・」。確かにその通りだと思う。本社が出てこなくても、支店でいいわけだし。

ビンテージバイクのモトクロス大会なので、マシンばかりではなくライダーも気遣いしながらアクセルを開ける。レースばかりではなく、進行ものんびりとしたもの。アットホームとはこういうものなのである。目くじらを立てず、全てに優しく、安全にイベントを楽しむ。年齢も関係なく、パドックに行けばそれこそ、中学校の同窓会的な話題で盛り上がる。

そのDT1と言えば、発売当時モーターサイクリスト編集部でモトクロスに参加していた関係もあり、当時の編集長が「試乗記は先輩の***が書くので、君はカメラマンを兼ねて、ついでに乗って来い」と言ううれしい業務命令。そして試乗DT1は2台あり、1台はGYTキットを組んだものと、他は完全ノーマルのもの。

当時は浜松周辺では警察もそれほどうるさくないのだろう、メーカーがこのようなチューニングキットを組み込んだバイクを試乗車として貸し出していたのだ。

ただし、GYTキットを組んであると言っても、マフラーはレース用ではなかったから、エンジンパフォーマンスとしては強烈ではなかったが、高回転まで気持ちよく吹き上がる特性は、それまでには味わったことのない、気持ちのいいものだったと記憶している。

その前の年のモーターショーには、このDT1が展示されており、晴海の貿易センターで行われるこのイベントに、我々メディアは搬入当日の午後に会場へ入り、しっかりと撮影、更にいじりまわしていた。スリムで軽量なDT1をトレールと言う言葉を知らなかったので、間違って「トライアル」と言っていたら、広報の方に「それ違いますとレールと言います」と訂正されたことを思い出す。