研究開発に見た遠回りの結論にあきれる -水素エンジンと点火装置-


2017年4月27日木曜日

AT仕様のクルマの暴走事故があるが、AT車のブレーキペダルが幅広で大きい理由は何?


自動ブレーキのシステムを搭載したクルマが発売されているので、アクセルとブレーキの踏み間違いによる事故は少なくなるだろうが、完全になくなるわけではない。障害物を認識しなかったり、認識するのが遅れれば事故は起きる。更に、このシステムが絶対に故障しないわけでもなく、いつ故障するかわからない。

となると頼みは運転手。運転手が間違いの操作をしなければ、ブレーキとアクセルを踏み違うことでの事故は発生しない。

そこで、AT車を運転するときに遊んでいる左足(健常者での話)を有効に使うという発想が生まれる。使えるものは何でも使えばいいのだから。

クルマの暴走事故は今に始まったことではない。2ペダル(AT車)のクルマでは、健常者であると右足でアクセルとブレーキを踏むように、半ば強制的に習慣付けられ、日本の自動車教習制度をつかさどる警察庁の指導(規則)では、ブレーキペダルは右足で踏む、ということになっているらしい。実技教習指導中に左足でブレーキペダルを踏むと、教官から怒鳴られる、という話も聞く。

それでいいのか???

では、なぜAT車のブレーキペダルは幅が広く(全てのクルマではないが)大きいのだろうか。

これつまり、健常者であればどちらの足を使ってもブレーキペダルを確実に操作できるように、ということが目的ではないのだろうか。今から50年以上前の日本車でもそのような設計であったし、ましてやAT車大国のアメリカでは、これより以前からブレーキペダルは幅広で大きかった。

その意味合いを語れる設計者はすでのお亡くなりだろうから、そこに至った真実は知ることはできない。でも、現在のクルマでさえ、このような作りになっているということは、考え方(つまり左足も自由に使うということ)をそのままコピーした、ということが言えやしないか。

左足でブレーキペダルの操作をすると、いいこと尽くめなのである。

いつも書いているが、ブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故はなくなる。踏み間違いをしないからである。それは、左足で足の裏に触るペダルはブレーキであり、右足ではアクセルである、というごく普通の構造が当然そうさせる。

左足でのブレーキ操作は訓練というようなことではなく、単に慣れでしかない。道路を走っていて、不安に思ったら、ブレーキペダルの上に足を添えて、いつでも踏めるように構えていれば、いざというときに間髪をいれず、ブレーキ操作が出来る。

そして、人間とはすごいもので、このように構えているときの緊急ブレーキは、とても冷静にブレーキ操作が出来たことを数多く経験している。

こんな経験もした。それは試乗会での出来事。道路の一時停止場所。それがまた左右が見にくい。右はまだしも左はかなりはみ出さないと確認不可能。

そのままいつまでもそこにいるわけにも行かないので、左足はブレーキペダルを操作しながら、右足はアクセルを僅かに踏む。左を再度確認しながらのことだが、それがなかなか難しい。素早く通過しようとアクセルを踏んだ瞬間、左からクルマが。すると、頭の中で「待て、クルマが来るぞ」的な指令が起き、アクセルペダルはそのままに、左足は強くブレーキペダルを踏む(操作する)状態になった。

このとき、自分自身でもなぜそのような行動になったのか判断できなかったが、考えてみれば左足も右足も(健常者なら)自由勝手に動くのは普通。例えばMT車の操作は、自然に右足と左足は必要とする操作に対する動きとなる。それは、何の意識なしでのことだから、AT車での左足と右足が、それぞれ勝手な方向で、そのときのベストな動きになっても不思議ではない???のかもしれない。

アクセルペダルを踏んでいる右足でブレーキペダルも踏まないと、アクセルが戻っていないから、制動能力に劣るのでダメ、という方がお出でになるが、それをカバーするために、最近のATでは、ブレーキオーバーライド(ブレーキペダル優先制御)なるシステムが組み込まれているので、その心配はない。

自動車の構造・規格などを管轄する国土交通省では「AT車の場合、左足でブレーキペダルを踏む人もいるので、例えアクセルペダルを踏んでいても、ブレーキペダルを踏んだ瞬間にアクセルを戻すシステムをつけるように」という指針を出している。電子制御となったアクセル制御では、この装置を搭載するのは簡単なことである。

また、ブレーキ性能のほうがエンジン性能より高いので、多少アクセルペダルが踏み込まれた状態でも、制動能力が大きく低下することはない。

マニュアルミッションでの制動力や操作でも、特別制動距離が伸びるという話は聞いたことがない。急ブレーキ時にクラッチを切って・・・という行為は無理。でも、ブレーキは十分に利く。ABSが装備される前には、クラッチを切らない急ブレーキのほうが、タイヤのロックを防げて、制動能力が高くなるということを述べていた人物もいた。

バイクのギヤ付では、左右の足はそのギヤ操作に合わせてかなりややこしい(乗りこなしていればそれを感じることはないのだが)。左右の足としたのは、その昔ではギヤのシフトペダルは右のものや左のもの、さらにロータリー変速(シフトペダルを踏み続けているとN1234N或いはN4321N)となるシフトパターン。更に、ハーフシフトの位置にN(ニュートラル)があり、そこから1段踏み下げて1、ペダルの下側につま先をいれ、かき上げるとハーフシフトのNを通り越して2になる。変速のたびに3、4、5、6でストップとなり、元へ戻す場合には、シフトペダル(チェンジペダル)を1段ずつ踏み下げる。最高6段変速で、これはレースのレギュレーションからなんとなく変速段数が決まったと思う。

現在発売されているスポーツバイクでは、このシフトパターンが標準。更にアメリカでのMVSS規格において、このシフトパターンであること、という規則まで存在する。そしてシフトペダルは左で右がブレーキペダルである。

現在ではこのような規則に則って右がブレーキ左がギヤチェンジと決まっているが、その昔には、各メーカーの主義主張で勝手に決めていた。また、そのバイクがどのような目的を持つかでも、ブレーキペダルとギヤチェンジペダルの左右はある。

その例がアメリカのハーレーで、フラットトラック(日本ではダートトラックという呼び方をする)を目的にしたモデルでは、1周1マイルレース用のベースモデルとなると、ギヤチェンジが必要となるため、左足をステップから外した状態で、金属のスリッパを取り付けたブーツで、バランスを取りながら、その足をスライドさせるためギヤチェンジは当然右側に装備された。

ついでの話だが、AT車で左足でのブレーキ操作が完璧に出来るようになると、渋滞時では両足でのブレーキ操作も出来てしまう。特に停止時では、ブレーキペダルを踏む、という行為ではなく、ブレーキペダルに両足を乗せる、ということでクルマを停止させて置けるので、疲れも少ない。

また、ある集まりで、左足でのブレーキ操作について議論していたら、ある若者が「そうすると、MT車に乗ったとき、うまく操作が出来ず、暴走や事故になるので、賛成できない」という、感覚的な意見を述べてきた。

そして、周りにいた私と同年代の方々も、「そうだね」的な相槌を打ったので。「誰がそんなことを述べているのか聞きたい。どちらの仕様のクルマに乗っても、まごつくことはない。現に私は自家用車としてMT仕様であるし、試乗会ではほとんどAT.とっかえひっかえ乗り換えても問題を感じたことはないし、MTであれば、トー&ヒルの操作をすることだってある」と話したら、不満げな顔をしていた。

レーシングドライバーはどのような意見を持つのであろうか。人づてに聞いた話では、「サーキットではともかく、一般道では危険となるので、左足でのブレーキ操作は推奨しない」という話がある。

サーキットは、どこでブレーキを開始するのが早く走れるかという練習をするから、冷静に計算した上で普通に左足でブレーキペダルを踏めるのだろうが、こと一般道となると、ブレーキを踏む、その必要性は、サーキットに比べ物にならないくらい多く、更にいつその必要性が生まれるかということも熟知していないと、完璧なブレーキ操作が出来ない。

つまり、サーキットばかりで左足を使ってブレーキ操作しているドライバーは、一般道ではいざとなったときには左足でのブレーキ操作に支障をきたすのだろう。そのような経験から出た言葉なので、正しいとは判断できない。

逆に、ある自動車メーカーのレーシングドライバーは、走行実験の担当者に対して「左足でのブレーキ操作をマスターしたほうがいい、早く走れることはともかく、それより重要な安全そしてスムーズな運転を導き出せるから」という話をするそうだ。

問題は、自動車ジャーナリストとして活躍するのなら、人から聞いた、偏った話を鵜呑みにするのではなく、自分で当事者に聞くなり、実証実験してその結果を自分のものにするべきだと思う。

2017年3月27日月曜日

クルマやバイクと関係ないけど、医薬分業におけるトラブルを、時の政権は考えに入れたのだろうか?


医薬分業の方が患者にとっては得になる、という話でなんとなく始まってしまったように思う改革だが、果たして得になったのかというと、損得の前にトラブルは起きてしまわないのか、ということに行き着く。

何を言っているのかと言うと、そのトラブルに2度も巻き込まれ、大きな問題に発展する前に気付いた人間でなければ、生の発言は出来ないだろうという思いからブログに掲載することにした。

少し前のこと、自分の主治医としているクリニックから処方箋を受け取り、いつもの処方箋薬局へ。ここでのトラブル最初は、副作用が強いので、薬の内容を医者と相談して変更していることに端を発している。当然薬局で出される薬は、これまでのものと変わっていなければならないのに、これまでと同じ薬を処方してきた。

ここで、その薬に関心のないお年寄り(こちらも年寄りだが、まだぼけていない)だったら、そのまま受け取って、これまで同様に服用し、副作用はなくならない。しかし、薬の内容が変わっていなければならないのに、そうではないことに直感的に気が付いた。

その原因は、処方箋薬局で発行する「お薬手帳」にある、という結論。この「お薬手帳」が何のためにあるのか知らないが(患者がどんな薬を処方されているのか、自身でも把握できるように?)、新しい処方箋を見て薬を出したのではなく、お薬手帳に書かれている(処方箋薬局が発行する)ものを処方したのである。

それに気が付いたので、チョイと嫌味をぶつける「この間違いはあってはならないものだから、どこかに報告するべきかな・・・」

もちろん薬剤師は平身低頭の平謝り。

次にトラブルと遭遇したのは、薬の数に関すること。一種類の薬だけ、夕食後に2錠飲むことになっている。他の薬は1錠。

窓口で、薬の名前だけ間違っていなかったので、そのまま自宅に持って帰ったが、数日して、「そういえば・・・」その問題の薬の包みが縦半分に切断され、数を他の薬と同じにする行為がなされていた。本来なら、2錠が並んだ5段の10錠パックだから、これを縦に切り奇数とする行為はおかしい。

土曜日の夕方に気が付いたので、月曜日にその処方箋薬局へ出かけ、販売の数字と在庫の数字があわない薬はないか?という、当回しの質問を投げかけると「・・・・・・」。やはりそのようなことは有ったようで、直ぐに不足している数を持ってきた。

これで2回目の間違い。病院で処方していればこのようなトラブルは起きない。さてどうする???

2017年3月9日木曜日

これ、何の意味がある? 70歳を過ぎると運転免許更新前に受けなくてはならない高齢者講習


運転免許の更新期間で満了日における年齢が70歳以上になる人は、高齢者講習を受けなければならない、という法律が出来ている。

こんな手紙が送られてきた。高齢者講習だという。恐らくあまり意味がないだろうな~という、半信半疑の気持ちで教習所に出かけると、案の定だった。5600円がもったいない
 
それに引っかかるので、しぶしぶ5600円を持って、予約していた自動車教習所へ出かけた。自動車教習所へはこれまで行ったことがなかった。大型特殊や大型バイク、普通、牽引などの免許は、全て試験場への飛び込み一発で取得していたからである。

ところが教習所の雰囲気はというと、それはまるで裁判における被告が判決を待つような、実に湿っぽいもの。教習生はお客さんのはずだから、もっと堂々として、「来てやっているんだぞ、」という感じでいいはずだが、それがまるで逆。一説には教官ににらまれるとその時間の終了印がもらえないから、という話も・・・

これじゃ、クルマもバイクも楽しい未来を思い浮かべることは出来まい。自動車教習所は、このようなくらい雰囲気を一掃するような進行と経営の有り方を考えなければならない。例えば、有る程度運転が出来るようになったら、教習所のコースで、大きな事故にならないように管理しながら、好き勝手に走らせるなど。運転の楽しさを身をもって感じさせる。或いは、クルマの挙動から、操れなくなるときはどのようなことが起きているのか、などを実体験させるのは、非常に重要なことであると感じた。

で、高齢者講習だが、講習ではなく、座学では適正試験(落第はないから試験ではないが)というより、判断力の低下を身をもって体験し、安全運転につなげたい、という趣旨であるように思う。つまり、教習所に行って、お金を払えば、どのような状態になっても、講習終了証明は発行されるから、その成績はどうでもいい。

教習所内の走行では、教官が助手席に乗り、そのほかのシートに講習生3人が乗る。教官の指示通りに走らせるのだが、皆さんそれなりにスムーズ。でもハンドル操作はやはり遅い。なので、S字状の場所では、ほとんどクリープ状態での走行がある。あ、言うのを忘れたが、講習車に選んだのはAT(普段はMTに乗っているが)。あえてATとしたのはそれなりに意味があったのだが・・・

他のクルマの方の中には、かなり危ない運転もあったようで、先行する講習車を追い越すことも出てきた。

私の番になったとき。当然左足でのブレーキ操作となるが、教官は気付いていない。本当は気付いて欲しかったのだが、センターコンソールが大きく立ち上がっていて、助手席から運転席の足元を監視することが出来ないからである。

他の方がゆっくりとでなければ走れなかったS字コーナーも、アクセル踏み気味で、タイヤこそ鳴らさなかったが、スピーディに走行。最後の直線では、「アクセル全開にします」と宣言した瞬間からキックダウンで、全開加速。前方には遅いクルマが走っていたので、右コーナーをタイヤをきしませながら「追い抜いていいですか」と教官に問いかけたら「追い抜きはダメです」との一言。そして、そのときには教官の足がブレーキペダルを踏みにかかっていたことがわかった。ブレーキスイッチの「カチッ」という音が聞こえたからである。

このようなことをやって、参考になったことはひとつもなかった。通り一遍等の講習だからであると思う。

もっと実務に即した例えばドライビングポジションの取り方がいかに重要か。腕を伸ばして運転すると、雨天時に起きてしまうハイドロプレーニングから、大きな事故になる。ではそれを防止するには、ハンドルを握る位置が10時10分ではなく、9時15分ほどで、肘が80~90度ぐらいに曲がる位置にシート座面位置と背もたれの角度を調整すると、未然に防ぐことが可能となる、それはなぜか、というような経験者から来る体験談などを踏まえたアドバイスが有ってしかるべきだと感じた。

教習所にお金を払うことが絶対的用件であるということは、なんだか後ろにいやなことを思い起こさせるような、実に不愉快な気持ちになって帰宅した。

講習というからには、適正能力判定ではなく、しっかりとしたカリキュラムを組んで、実態の即した「講習」であって欲しい。

2017年2月26日日曜日

豪華な感触で走りも穏やかな新型ワゴンR やりすぎを感じるのだが・・・


スズキのワゴンRがモデルチェンジされて、スマートハイブリッドを積極的に活用するシステムが搭載されたモデルもある。それによる性能向上は燃費や加速性能ばかりではなく、ドライバーに気持ちのゆとりを生むことにも結びついていると感じる。

マイルドハイブリッド仕様のFZ。これが一番かもしれないが、軽自動車としては少々お高い

ターボ仕様のスティングレーT。全体的にトルクを太らせる設定で、過給が高まって走りを高める感じではない
 
これまでのSエネチャージでは、アイドリングストップからの再始動と僅かなアシストにとどまっていたが、新型では、ISGを大型化して、回生ブレーキで貯蓄するリチウムイオンバッテリーの容量を大きくした結果、再始動用のモーターだけではなく、アクセルペダルを戻し、減速して13km/h以下になりアイドリングストップが作動すると、ブレーキペダルを踏んでいない微速状態では、10秒間のEVクリープ走行が可能となって、走行性能を向上。更にこのシステムでは、最長30秒間のアシストが得られ、スタート加速では時速100キロまで作動する。

ISG(モーター機能付発電機)を大型化し、それに合わせてリチウムイオンバッテリーの容量も大きくして、マイルドハイブリッドを実現した
 
もちろん停止から徐行するようなときには、ブレーキペダルから足を離した瞬間からEVクリープ状態となり、エンジン騒音がないことにより、住宅地の一時停止状態から、周りの音を聞き分けて、危険な状態に踏み込まない状態を作り出せる。

マイルドハイブリッドによる性能向上は計り知れないものがあるが、残念なのはEVクリープ走行中もクランクつまりエンジンを無理やり回転させること。給排気のバルブ作動を停止するシステムは採用されていないから、ポンピングロスの分だけ運転性能が下がる点。このことを改良するには、ISGをクランクシャフトプーリーで回すのではなく、ミッションのインプットシャフトを直接回さなければならないため、非常にややこしくなるで難しいだろう。

試乗時間が長くなり、新型ワゴンRに慣れてくると、停止寸前にインバーターの発信音のような音に気が付く。そのときにはメーター内に緑の「EV」表示が点灯することに気が付いた。そして、このEV走行の時には、車外にEVが走っていることを警告する、小さな音と共通している。

これまでの軽自動車のイメージを根底からひっくり返したインパネ回り。ダッシュボードの位置も低くした結果、運転席からの死角を最低限に抑えたばかりではなく、広々感も演出した
 
アクセルレスポンスで気になったのは、交差点を左に曲がり穏やかに加速しようとアクセルを軽く踏んだ瞬間に、いきなり加速力が大きく立ち上がること。アクセルペダルを強く踏んだわけではないので、これは恐らくハンドルを切ることで必要とされる電気負荷に対してエンジン回転を維持、つまり発電能力を高める制御が働いて、エンジン回転が高くなるとも考えられる。もちろん条件次第で起きることから、それまで十分に回生ブレーキ発電によりバッテリーに電機が溜まっていればこのような症状は起きないのかもしれない。

事実、その後ではこのような症状は発生しなかった。エンジン回転数フィードバックは採用しているだろうから、その制御に気を配れば解決しそうでもある。

それと、機械的な部分としては、アクセルペダルの位置が少々高いのは気になる。左足で当然のようにブレーキ操作をする人間にとって、ペダルの上に足を乗せて、いつでも踏める状態を作り出すことは普通に行うわけで、そのときに足首を強く上に曲げておくのはつらい。先代モデルではこのようなことはなかったと記憶するが。

この後席乗員が座るフットスペース。非常に広く、長時間のドライブでも、足置き場に困ることはない
 
室内スペースに関してはプラットフォームを一新し、アルトなどと同じものを採用した結果、乗員の乗る部分には大きなゆとりが生まれた。身長180cm近いドライバーが素早いハンドル操作の出来るポジションを取っても、後席の乗員は足を組んで、まだまだ余裕の有る状態は、コンパクトクラスのクルマよりも広い。

旧モデルと室内寸法の違いを表したもの。その数字からも納得できるだろう
 
これは、プラットフォームの変更によりホイールベースが35mm大きくなったことなどを有効に利用し、室内長が285mm増えたことによる影響である。そのゆとりは格別な空間を生み出し、これまでの軽自動車とは一線を画すものとなっている。

ターボ付きのスティングレーにも試乗した。ターボの感触としては、高速道路の追い越し車線を走らないのであるなら、それほど必要性は感じなかった。自然吸気仕様でも十分な動力性能を発揮してくれるからだ。ターボ仕様でも加速力が際立つような作りではなく、実用性を重視している。

また、過給圧制限のウエイストゲートバルブはバレーノやスイフトのように、普段は解放されて排気ガスの流れを阻害せず・・・という方式ではなく、これまでの同じで、設定圧になったらバルブが作動して、それ以上に過給圧を高めない方式。

どうせなら、スイフトなどと同じ方式にして、過給が必要なとき意外はフン詰まりを避けるようにすると、もう少し軽やかになり、自然吸気エンジンとの差が出るように思う。
 
ミッションは副変速機(変速比を変更)付きCVT仕様だけだが、ここはぜひ最近スズキで積極的に活用し始めたAGSの登場を願いたい。もちろんCVTのような滑らかな変速を要求するのなら無理な話だが、マニュアルミッションから発展した、効率の高い変速機として考えた場合、コストや街中での実走行燃費などを考慮すると、絶対に有利であると判断するからである。更に半クラッチの操作が完璧でない方でも、クラッチの磨耗に気を使う必要がなくなるなど、メリットは多い。
 
 

2017年1月18日水曜日

水中に自動車が落下したときには、パワーウインドウが故障し窓からの脱出が出来ない、それをカバーする装置に提案は・・・


台風、大雨、埠頭から海への落下など、俗に言う水没で、バッテリーを使っている装置は、全て作動しなくなる可能性は高い。

もちろんどの位置までの水没が限界かは、そのクルマごとに違うので何とも言えないが、台風、大雨の状態であると、そこに人が乗っていない可能性は高いので、クルマから脱出、という行為は考えなくて良いのではないかとも。

海に落ちたときには、塩水が電気を通し易いので、ショートによりコンピューターを含む全ての電源部がダウンする。また。電気のショートは独特のにおいがするので、それとわかるが。でも、いざとなったら関係ないか。

数十年前の話だが、その年は、やけに海へ落ちるクルマが多かった。痛ましいのになると、父親の見ている前で、止めたはずのクルマが動きだし、岸壁から海へ。

慌てて父親は海へ飛び込んだが、ドアは水圧で開かない。パワーウインドウもバッテリーの関係で作動しない。何も出来ない状態で、数分後にはクルマは海中へ。子供たちを助けられなかった。

こんな悲しい事故の報道を見ていると、ハッとひらめくものがあった。それは、海中などに飛び込んだ、或いは衝突事故など衝撃が加わったときには、パワーウインドウが、開く方向へだけの回路が立ち上がり、パワーウインドウスイッチを(イグニッションがONでなくても)押すことで開くような制御を組み込むことが出来ないものだろうか。

或いは、エアバックが展開するときには、同時にウィンドウも自動で開くような制御はどうなのだろうか。

2016年12月30日金曜日

ヘアドライヤーのコードが切れる原因、それは品質が低下したから。その対策を考えた


最近のヘアドライヤーに使われる電源コードと、本体の握り部分に取り付けられている、コードが適正なカーブを描くことを目的のフレキシブルチューブだが、このどちらも数十年前のものとは違って、日本製ではない。

ということは、全ての耐久性と品質の低下が大きな原因であるといえる。

それを使う方で理解し、対策をしないとコードは切断し、ショートから感電という事態にまで発展する。事実、我が家では感電しそうになった。

電源コードは一昔のものと違って、柔軟性が乏しい状態。それにもましてドライヤーの握り部分から出ている、コードを優しく案内するはずのフレキシブルチューブは硬く、優しく曲がる方向へしなってくれない。
左が数十年前のドライヤーで握り部分から出ているフレキシブルチューブは優しく曲がる。電源コードもしなやかさを持つ。右が最近のもの。フレキシブルチューブはピンピン。強制的に曲げても瞬間でピンとなる。この状態で、硬いコードを使えば、ストレスがお大きく掛かり、コードの被覆が切れる。写真のものは電源コードをしなやかなものと交換している。なお、左のものも日本製ではないが・・・
 
ということは、そのような状態となるものを、ぶら下げていると(握り部分には引っ掛けられる構造がある)、当然コードの重みによってフレキシブルチューブは優しく曲がってくれないため、無理な力がかかり続け、更にコードにも柔軟性がなく、疲労が蓄積する結果、そのコードはフレキシブルチューブ部分でヒビが入り、無造作に使っていると(当然事故のことは考えないから)バチバチという音がして、ショートが発生する。


一回目は、我が家の女子達の使い方が悪いのだろうと、補修して使い続けたが、2~3ヶ月で同様な事故が発生。

そこでなぜ切れるのかの分析が始まる。その結果が、フレキシブルチューブがフレキシブルではなく、優しく曲がってくれない。更に、一時代のドイツ車のような、ワイヤーハーネスが硬くなって曲がっている部分から被服が割れ、ついには切断、という事例と同じ状態にあると結論を出した。

電源コードはこのように吊り下げフックの上側を通して、自然なカーブを描くようにしている
 
そのために取った対策は、まず電源コードをしなやかなものへ交換。更に、吊り下げるときには電源コードに無理な曲がりが発生しないよう、コードを保管場所の吊り下げフックの上に通してから垂らすようにしている。このような対策をした結果、10ヶ月以上経つが、問題の発生はない。

2016年12月20日火曜日

冒険ライダー、風間深志さんと息子の晋之介さん親子が、来年1月に行われるダカールラリーの参戦を発表


「風間晋之介、風間深志・親子で挑むダカールラリー壮行会」なるイベントに顔を出してみた。ふと思ったのは、挑むではなく「楽しむ」のほうが気持ちが張り詰めなくていいのではないかということ。

挑めば、当然、見上げるような絶壁にぶち当たり、心身ともに返り討ちに遭う。だったら、楽しんでしまえば、と言う話だ。このことは風間お父さんに伝えたが、果てどうなることやら。

なお、実際に出場して走るのは、風間さんの3男である晋之介さんで、お父さんの深志さんではない。深志さんはサポート役として現地に赴く。バイクは数年前フランスヤマハでダカールラリーに使用した中古のヤマハTTR450らしい。セルがない(最近のオフバイクではレーサーでもセル付きは当然)ので、転倒後の再始動では苦労するだろうから、と息子さんにアドバイスをしていた。

マシンのメンテナンスは、ヤマハワークスが手を貸してくれるそうだが、それに頼っていないで、自分でもやりなさい、とアドバイス。特に注意する項目としては、ドライブチェーンの管理。シールチェーンを使用することは確認したので、だったらチェーンにはオイル等給油してはダメ、と伝えた。

なぜかというと、チェーンで重要な部分はローラーとピンの潤滑。それは、すでにメーカーでオーリングを使いながら、密閉した状態に保つ造り方をしている。

ここにオイル等を給油したら、そのオイルには埃や砂などが付着し、その結果、それはまるでコンパウンドを付着させているこのような状態で、チェーンのローラーやスプロケットが異常磨耗する。過酷な使い方では、切断にも結びつく。

最近の(数十年前から)シールチェーンの耐久性は素晴らしく、例えば鈴鹿8時間耐久レースのマシンでさえ、レース中にチェーン調整をする必要がないほどなのだ。また、私自身でも、シールチェーンを交換し、初期伸びが・・・なので、調整を計算していたら、1万キロ走行しても、調整の必要性が生まれなかったのだ。

また、今回のコースは標高が4000m近いところが多く、高山病も心配になる。

風間深志さんはパリダカールラリーに出場したとき、対向するトラックがセンターラインをはみ出し、風間さんはそのトラックと衝突。左足に重症を負い、障害者となってしまったのだが、その思いを晋之介さんが受け継ぐ形である
 
風間深志さんとの付き合いは長く、かれこれ45年ぐらいになる。同業者(風間さんはオートバイ誌、私はモーターサイクリスト誌の編集部員)だったので、それは長いのである。

最初に風間さんが頭角を現したのは、アフリカの最高峰キリマンジェロにバイクで登るという企画。会社とはすったもんだがあって、結果は退職。以後、会社員になったことはなく、自由奔放に自分のやりたいこと(当人は遊び、といっているが・・・)で生活を支えたのだから、たいしたもんである。話が長くなるので、このあたりで省略。

風間深志さんが1982年の第4回パリダカールラリーに初めて出場したときのゼッケン
 
12月25日には南米に向けて出発するとのこと。完走も大事だが、それよりレースを楽しんで、帰国の報告会をして欲しいものである。